トップページ > 大学案内 > お知らせ・新着情報 > 第47回卒業式・第29回専攻科修了式 学長式辞
(2009年03月23日)
本日、大分県立芸術文化短期大学を卒業または専攻科を修了される391名の皆さん、まことにおめでとうございます。ご多忙のところ大分県を代表してご臨席いただいた平野副知事、大分県議会の阿部議長ほかご来賓の皆様、本学役員及び教職員とともに皆さんの門出をお祝いできることは、私の最も喜びとするところであります。また、この卒業式にご参列下さいましたご家族、関係者の方々にも、心からお慶び申し上げますとともに、私どもの教育に後援会を通して様々なご支援をいただいたことに対しても、厚く御礼申し上げます。
今年度の卒業・修了式は、本学にとって、平成19年に認定専攻科が設置され初めての修了生を送り出すという点で、特別の意味を持つものです。認定専攻科は、造形と音楽の二つの専攻で構成され、2年間の学修成果により4年制大学と同様、学士号を取得することができるもので、本年度は40名が学士号を授与されたところです。本日、来賓としてご臨席いただいています利光前学長をはじめ関係者皆様方のご尽力に敬意を表するとともに感謝申し上げる次第であります。
さて卒業生・修了生の皆さん、本学における2年間もしくは専攻科の方々には4年間の学生生活では、すばらしい環境の中でよく学びよく遊んで、人生を通じて親しい仲間となる多くの友達を得たのではないかと思います。今日という卒業の日に、「よく頑張った」と自らを振り返ると同時に、そのことが可能になったのも皆さんのご家族、あるいは親族その他関係者の方々の有形無形のご支援の御陰であることも、感謝しなければなりません。
この春から皆さんの大部分は、社会人としての新しい生活が始まります。なかには本学の専攻科で、あるいは他大学でさらに勉学を続ける人も少なからずいるでしょうが、短期大学での勉学は本日をもって終わったわけです。卒業式は英語圏ではGraduation Ceremonyともいいますが、よりフォーマルにはCommencement Ceremonyといいます。コメンスメントとは始まりという意味で、修了するという意味ではありません。今日を境にそれぞれが自ら選んだ道に出発する記念のセレモニーということになります。しっかりと前を見て、自らの道を邁進していただきたいと心から念じています。
ただ、これから出発する人生は、今までの何倍も長いものになります。そこでこの新たな生活の始まりに当たって大切なことを三つだけ申し上げたいと思います。まずその一ですが、「失敗を恐れずプラス志向で行こう」ということです。大学で学んだ知識や専門的な技術は、実社会にスタートしていく上での基礎となるトレーニングですから、一旦実社会に出て自分に仕事が与えられると、大学で学んだことが直接役立つのはごくわずかです。望まれる内容の仕事をするためには、改めて内容を理解し、そのための勉強が必要になります。中には当然うまく行かないことも出てくるでしょう。
そこで、一つたとえ話をご紹介しましょう。中国の古い諺に人間万事塞翁が馬(じんかんばんじさいおうがうま)という言葉があります。これは、紀元前150年頃の、中国前漢時代に編纂された「淮南子(えなんじ)」という書物に書かれている諺で、簡単に訳すと次のようになります。
昔、中国が色々の国に分かれていたとき、ある国の国境地帯の砦近くに占いの上手な者が住んでいました。ある日、飼っていた馬が、 北の遊牧民の地に逃げ出してしまったので、近所の人々が慰めに来ましたが、その人は悲しむどころか、
「これが逆に幸福を呼ぶことになるかもしれないよ。」と言ったのでした。数ヶ月経った頃、逃げた馬が、立派な馬を引き連れて帰ってきました。人々が、お祝いの言葉を言うと、その人は、
「これが、もしかして 禍 (わざわい)を 呼ぶことになるかもしれないよ。」と少しも喜ばなかったのでした。こうしてその人の家は良い馬が増え、息子が乗馬好きになったのですが、ある日その息子が落馬して股(もも)の骨を折ってしまったのです。人々がまた慰めに来たのですが、その人は、
「いや、これが逆に幸福になるきっかけになるかもしれない。」と取り合いませんでした。その後、遊牧民が砦に攻め込んで来たので、そこに住んでいた若者達は皆、戦(いくさ)に出て10人中9人までが戦死してしまいました。しかし、その人の息子は、足が不自由だったために、戦に行かなくてもよく、親子ともに無事だったのです。
つまり、人間万事塞翁が馬という諺の意味は、「人間の幸せや不幸は繰り返しやってくるから一喜一憂しない」ということです。戦乱が続く中国において、個人の勉学や努力が報われないことが多い中、「一度や二度の不運は何とかなる」という将来に向けたプラス志向の気持ちを持ち続け、希望を捨てないための人間の知恵だったのではないかと思っています。
ところが、今の世の中では競争があるため、流れに身を任せるだけではうまく行かないことが多いのです。
私自身の今までの人生を振り返ってみても、大学を出てまず最初に就職したところが、ヘルメットをかぶって毎日真っ黒になるような工場勤めだったのです。それが、いつの間にか、様々な芸術家達と一緒になってオペラを作るようになり、今はまた学長として皆さんに挨拶しているのです。これはなぜかと思い起こせば、一見すればまさにこの諺どおりだったと言わざるを得ませんが、その間に必死に勉強し、その与えられた職場で失敗を恐れずに努力をして、新たなチャンスに結びつけるというプラス志向があったからこそできたのですし、今でもその気持ちは変わっていません。
大切な第二のことは、その努力することの大切さです。私は、学長になって直ぐの頃、一つだけの専門ではなく、少なくとも2つ以上の専門を持つようにと申し上げました。しかし、その複数の専門を会得するためには、大学で学んだ勉強のやり方や内容を応用することが大切です。うまく応用ができると、三つ目もできるようになります。一つひとつの専門が余り深くなくても、そういった様々な機会に応用を重ねていく経験の中で考えがより深くなり、様々な社会の現象を理解し、判断でき、視野が広がるようになり、結果的に「豊かな教養」を身につけることができます。より深い人生を送るためには、視野を広げ豊かな教養を身につけることが大切で、それは日々の小さな努力の結果得られるのだということです。
大切な三つ目のこと、多分最も大切なことと思うのですが、勉強したことや視野を広げたことがいい結果に結びつくような仕事のやり方です。「三現主義」と「PDCAの輪を回す」という言葉がそれに当たります。「三現主義」とは現場・現物・現状をみることをいい、人から聞いたことや読んだことだけで判断せずに、自分自身の目で実際に現場の様子を見て判断するということ、PDCAとはプラン・ドゥー・チェック・アクション、つまり現場を見て事実をつかんだら、計画・実行・判断・修正を繰り返していけば、仕事の成果は目に見えてよくなっていくでしょう。私がかつて勤めていたもの作りの現場では、この二つのことを社員全員が肝に銘じて実行していましたし、「三現主義」という言葉は日本を代表する大企業の社長就任挨拶の中にも出てきたほど大切な考え方です。
皆さんは在学中、様々な機会に学外で活動する経験をしました。地域社会特講とサービスラーニング、定期コンサートや出前コンサート、ふれあいアートや作品展等々、地域の人たちとのコミュニケーションに力を入れている本学ならではの経験だったと思います。これらの経験はとりもなおさず三現主義のスタートに当たるのです。勿論アルバイトで、すでに実社会で働いてきた人も沢山おられると思います。高校時代まではご家族と友人中心の活動だったものが、大学に入って社会の色々な方とのおつき合いが始まったわけです。このことは、皆さんが実際に社会に出たときにカルチャーショックを受けないで済むよう、心の準備をしてきたということでもあります。しかし、実社会に出ると、今度は一人一人の責任が求められ、自分独自の考え方が求められます。今までのように「学生だから」という言い訳はできませんし、人に言われたことだけオウム返しにやることも望まれていません。
今までやったことのない仕事を任されたとき、間違うことは恥ではありません。しかし同じ間違いを繰り返すのは余り好ましいことではないと思います。そんな時PDCAの輪を回すのです。計画してやってみたけれど、失敗することは必ずあります。そんな時にきちんとチェックをして次回にはうまく行くように対策を考えてそのアクションを取るということです。本学での経験で、そんな失敗をしたときにも自分と年齢も違い考え方も違う年長の人たちの中で、自分を失わないという訓練はできているはずです。どうか自信を持って仕事を始めて下さい。
最後になりますが、私から皆さんに贈る言葉を申し上げましょう。本学の特長である芸術系と人文系の学科があって、お互いに顔が見える中で勉学を修めた皆さんには、他の大学にはない、文化を感受する力があるということを断言します。今は自分自身気がついていなくても、そのことは周りを巻き込む豊かな感性を持っているということにも繋がります。自信を持って希望する道を邁進すれば必ず道は開けるし、周囲を幸せにすることができるということを、申し上げたいと思います。改めて、「おめでとう、そして思い切って未来に向かって飛び立て!」という言葉を皆さんに贈って、式辞と致します。
平成21年3月23日
大分県立芸術文化短期大学 学長 中山 欽吾